2018.10.08

| Branding

成功実例から学ぶブランディング
「地域ブランディング編」

〜一見、特徴がないと思われる地域をブランディングする 一番大切なこととは?〜


 

「地方創生」「地域ブランディング」「まちづくり」など、地域に関するさまざまなワードが聞かれ、ひと昔より「地域」のブランド化が進んできている昨今。

熊本県といえば「くまモン」、愛知県今治市といえば「今治タオル」、香川県直島といえば「アートの街」と、それぞれが頭の片隅に刻まれています。

10年前、20年前よりも、各地方の特性が立ってきていると思いませんか。
インターネットやSNSなどの発展もあって、それぞれの地域から発信ができるようになったり、優れた事業家やクリエイターが携わるようになったりしたこともあります。

ただ、すべてのプロジェクトがうまく進んでいるかと言えばそうではなく、失敗例も数多く聞きます。その中において、成功している地域ブランディングは何が違うのでしょうか。今回は、注目すべき地域ブランディングを紹介したいと思います。

 

■ 地域ブランディングの成功の鍵とは?


言わずと知れた「くまモン」。一番の地域ブランディングなのではないかと思います。
2018年、くまモン関連商品の売り上げは過去最高の1,408億円強(17年度年間売上)になったと熊本県は発表。2011年からの累計売上高はなんと5,108億円強に。
これは単純に「くまモン」のロゴやイラストを利用した商品の売上高なので、経済効果としたら破格でしょう。

2017年の売り上げが過去最高に達したのは、海外へのキャラクター展開を解禁したから。日本国内ならずとも海外まで。「くまモン」は愛され、それによって「くまもと」ブランドは育ってきました。

私ごとですが、二十数年前、高校時代に同じ部活の仲間が転校することになり、「どこに行くの?」と聞いたら、「熊本」と一言。そのときの私は、頭が真っ白になりました。なぜなら、「熊本」と聞いても、まったくイメージがなかったのです。何があってどういうところなのか。ただ、九州の1県ということしか浮かびませんでした。

でも今や、「熊本」と言われたら、「くまモン」は浮かびますし、武者返しの立派な城壁のある「熊本城」やら、「辛子蓮根」やら「天草」やら、熊本大地震で大変だった「益城町」の風景やらたくさんの熊本のシーンが思い起こされます。

さまざまなニュースや情報誌などで見聞きした熊本のシーンが、「くまモン(熊本)」という存在で束ねられている、という感じです。

この成功はやはり、「くまモン」という記号化。地方という取っ掛かりのなかったものに、何かを記号化し、取っ掛かりをつける。熊本は、「くまモン」という記号をつくり、それが取っ掛かりとなり、そして最大の広告塔となりました。

経済効果なのか、誘致なのか、雇用創出なのか、人口増加なのか、単純に認知なのか。何を最終ゴールとするのか、地域によってそれはさまざまかと思います。でも、まず取り組みたい地域ブランディングの成功の鍵の大きな一つは、「記号化(シンボル化)」です。記号となる地域の資産を見つけ(またはつくり)、皆の心に届く形で発信すること。これが地域ブランディングの大切な基本です。

扉は取っ手がなければ、開けられないのと一緒。どんな立派な扉でも取っ手がなければ宝の持ち腐れです。資産に取っ掛かりとなる取っ手をつける。たくさんの記憶の波から取り出してもらえるようにする。
これは地域ブランディングに限らず、ブランディングの基本の考えです。


■ 成功実例[1]熊本県「くまモン」

 



くまモンの例をもう少し。

なぜ、「くまモン」はモンスター級に愛されるようになったのでしょう。

あらためていいますが、たった一人(一頭?_)で累計5,108億円強の売り上げ。17年の1年間では、1,408億円強。


例えば、同年の他企業の売り上げ※で見てみると……

RIZAPグループが1,362億円、セブン銀行が1,276億円、ブルボンが1,176億円という感じになっています。


その錚々たる企業よりも稼いでいるという事実。しかも、たった一人(一頭?_)でですよ。例えば、ブルボンはホームページを見ると、従業員数がグループ合計で約4,900名とあります。1名対4.900名……!? もちろん、くまモンの商品にはその企画から製造販売まで、影で動いている人たちがいて、ブルボンのようにたくさんの人たちの力が必要なのは変わりないのですが。
単純に数字だけで考ると、くまモンの1,408億円強の売り上げには4,900人馬力くらいのインパクトがあります。


ということでこの大成功事例として、まずはこの「くまモン」を掘り下げたいと思います。

※各企業HPより(2018年3月決算分)

[1]-1 革新的だった“版権フリー



くまモンは、ただのゆるキャラではなく、「熊本県の営業部長兼しあわせ部長」として働く、立派な公務員として熊本県庁に在籍しているのです。そして、復興にはげむ熊本や日本をハッピーにするために毎日頑張っているのです。

ここまで愛されるようになったのは、実際にはさまざまな偶然やドラマも重なっていたとは思いますが、最初の戦略がとてもうまかったと言えます。

それは、版権フリー。

通常、キャラクターをはじめ写真やイラストなどには「使用料」が掛かります。例えば、「紙媒体のみで3年使用でウン十万円で」とか。「映像使用と紙媒体使用で、1年契約でウン千万円」とか。
タレントのCM契約と一緒のようなものですね。

ですが、熊本県の人はもちろん県外の人でも、誰でも使っていいようにしたのが「くまモン」です。これはとても革新的なことでした。

だから、ストラップやぬいぐるみといった単純なお土産グッズはもちろんのこと、地元の野菜のパッケージにくまモンんシールを貼ったり、くまモンをインテリアに活用したホテルが出てきたり。
また、全国区のナショナルブランドのお菓子が熊本県産の原材料を使い、そのパッケージに「くまモン」を使うことも。

こうして、営業部長「くまモン」が熊本の名産をひっさげるようにして、さまざまな「くまもとグッズ」が全国に広まっていったのです。
その結果、日本中のみなさんが熊本の資源を認識し、熊本は全国区になりました。

ただ、何でもかんでも使っていい、ということではなく、デザイン使用ルールを設けるなど、そのデザインの品質管理もきちんとしているのが「くまモン」。 無料で使用許諾をしている代わりに、熊本県がくまモンにとって何かメリットがあるような提案を常に求めているそう。
許諾申請をする際には必ずデザインレビューを実施して、多いときには5回6回と打ち合わせを重ねて協力してデザインを考えるそうです。


くまモンのデザイン使用5原則

 原則 1 くまモンの写真の利用は禁止です。くまモンのイラストをご利用ください
 原則 2 特定の商品/企業の「おすすめ」はできません
 原則 3 くまモンのイラストは変更せずに利用してください
 原則 4 特定のイメージ付けや性格付けを行わないよう利用してください
 原則 5 決められた表示方法を守って利用してください


以上は、「くまモン」の使用に関する5原則。
数年前のもので、今は改訂版が出ていますが、この5つの内容が含まれることは変わらずでわかりやすいためこちらをご紹介しています。

「特定の商品や企業のおすすめはできない」とか「特定のイメージづけや性格づけを行わない」など、版権フリーとはいえども、くまモンに変なカラーがついてしまわないように必要最低限のコントロールをしています。


[1]-2 考え尽くされたニュートラルなデザイン



「くまモン」はもともと2011年の九州新幹線の開業に合わせて、観光客誘致を目的に誕生した単純なPRキャラクターでした。
そのPR時期だけで旬が短いキャラクターに終わらず、今や熊本の経済産業全体を売り込む強力な営業部長にまで成長したのは、どこにでも溶け込み、誰にでも扱いやすい優れたデザインが後押ししています。



他のゆるキャラと比較してみても、圧倒的にシンプル。何かの特産がモチーフになっているデザインということもないので、どんな場面でも使いやすいことがわかります。

くまモンと多くの他のゆるキャラを並べてみるとわかるのですが、くまモンにはあるものがありません。それは「輪郭」。

輪郭のない、面だけの絶妙な構成でつくられています。
デザインアプリを使ったことのある方ならなんとなくわかると思うのですが、輪郭があると拡大縮小したときに、設定をしっかりしないと変に輪郭が太くなってしまったり逆に細くなってしまったりします。

でも、「輪郭」をなくしたことで、誰が扱ってもそのデザインバランスを保てるようになっているのです。

そして、くまモンはシンプルな色構成だけで成り立っています。ほおに赤のアクセントが入るものの、目に入る多くはほぼモノトーン。他のどんなパッケージやデザインに落とし込まれても溶け合い、しかもシンプルなくまモンが目立ちやすいようになっています。

このようにしてくまモンは、たったの3色と輪郭のない面だけの構成で、子供からお年寄りまでに親しまれる愛らしい存在となったのです。この優れたデザインのくまモンでなかったら、絶対にここまで愛されていなかったでしょう。


くまモンのPR戦略もとても秀逸で、熊本大地震のときの「#くまモンあのね」も話題になりました。
ツイッター上で、「#くまモンあのね」をつけてくまモンに共有したい思いをつぶやき、そのつぶやきに応じてくまモンが会いに来てくれたり行動を起こしてくれるというもの。
もともと人気者だったくまモンは、これによって地元熊本県の人を始め人との絆を強め、その存在を強固なものにしました。

さまざまなことが功を奏してくまモンはモンスター級の広報大使になり、熊本県は日本一の地域ブランディングができているといえます。でも、今回は「版権フリー」など初期設定の素晴らしさにフォーカスしてお話ししました。

とはいえ、みんながみんな「版権フリーのいいキャラクター」をつくればいいかと言えばそうではありません。 頭を凝らして他の地域がやっていないような「記号化」を作ることが大切なんですね。あのときの熊本の方法論が、これだったということで。ブランディングを考えている地域の記号は、どんな方法論がありますか?



 

■ 成功実例[2]長崎県ハウステンボス「変なホテル」
 —勝手に拡散していく抜群の“記号化”—

 


ところで、「変なホテル」、をご存知でしょうか。これ、形容表現で言っているのではなく、その名がまさに「変なホテル」なんです。

「変なホテル」は、2015年7月に長崎ハウステンボスに誕生した世界初のロボットホテル。恐竜型のロボットや、微笑を浮かべた女性のヒューマノイドロボットがフロントに立ち、クロークもポーターも全部ロボットが対応し、基本的に人間のホテルマンとは一切顔を合わせることのないロボットが運営するホテルです。
なんと、ギネスで「初めてロボットがスタッフとして働いたホテル」としてギネス認定もされているとか。

そう聞いたら、ニュースや情報番組などで見聞きした、と思い出した人も多いのではないでしょうか。


「変なホテル」というそのまさに変な名前と「世界初のロボットが接客するホテル」という特異性で、当時多くのメディアからの取材が殺到しました。
プレス向け内覧会には、60社100名が参加し、アメリカのCBSを含む11の海外メディアからも取材オファーを受けます。これらメディアからの取材による経済効果は、数億円換算になると推定
されています。


知名度を一気に高めることに成功したこのネーミングは、「コミュニケーションが誘発され、興味を持たれるきっかけを」という狙いでつけられたとのこと。ただ単に興味喚起のために付けられたネーミング、というわけではなく、コンセプトもしっかりしています。

「ロボットや先進技術を駆使するため、進化し続けることが必須。だから『変わり続ける』ことを約束するホテル、略して変なホテル」と名付けられたそうです。



strangeという意味の「変」ではなく(もちろんこの意味も含んでいるとは思いますが)、ロボットと変わり続けるホテル。だから、「変」だったんですね。

しかも、ロボットが接客することがもたらすのは話題性ばかりではありません。ハウステンボスを経営するH.I.Sの会長澤田秀雄氏は、このホテルが追求したのは「究極の生産性」だったといいます。

接客のほとんどをロボットに任せ、人件費を大幅に下げることでローコストの宿泊費を実現。
客室の入室は顔認証システムを導入して滞在中はキーレスで過ごせ、客室内では「ちゅーりーちゃん」というスマートスピーカーが部屋の電気を付けてくれたり、天気や時刻を教えてくれたり、アラームをかけてくれたりします。

フロントから客室まですべてロボット制御、まさに未来きたー!という体験ができるこのホテル。
エンターテインメント性にも優れ、子供連れのファミリーや友達、カップルなどで訪れても楽しめますし、過不足のない対応で割安だから実はビジネス使用にも向いていると思います。

2015年にオープンしたこのホテル、客室は72部屋から昨年2017年に144部屋に倍増。ロボットも6種82体だったのを、27種類、233体までに増やします。ロボットがほとんどの仕事を代替するので、逆に開業当時30名いたスタッフは7名にまで減らすことができたそうです。
結果、生産性はなんと4倍に上がったという計算に!

通常、ホテルの運営利益率(営業利益率)は「売上高—人件費」でみて、これが30%前後だと言われているのですが、変なホテルの場合、倍の60%近いというのだから驚きです。

なんだかいろいろ書いているうちに、泊まりたくなってきている自分を感じます。ホームページを見ると、スタンダードで¥15,200〜(税サ込/2名利用時1室料金※2018年8月現在)とあります。確かに、これは割安ではありませんか。
最新のロボットを体験できて、この金額。海外客も多く予約が取りづらい状況で、稼働率は100%に近いというのも納得。

この「変なホテル」は、まさにブランディングの記号化のいい好例。
「変なホテル」と聞いただけで気になる。各メディアもニュースとして取り上げる。「ロボットが接客するホテル」とTVや各メディアのニュースやブログで見たら、行きたくなる。行ったら、その体験を人に話したくなる。そしてそれを聞いた周りの人がまた行きたくなる。
すごくいい好循環だと思います。それもまずは初めの記号化が成功しているから。

「変なホテル」という気になるネーミングと、それを支えているコンセプト「変わり続けることを約束するホテル」。
そのコンセプトに寄り添ったホテルの唯一無二の資源である「世界初のロボットホテル」というオンリーワンでナンバーワンさ。
これらの土台がしっかりしているから、皆「変なホテル」を目指し、国内外の観光客を問わず予約が殺到している
のだと思います。


そして、もし、みなさんの記憶の中にこの「変なホテル」の報道が残っているのだとしたら、またそれも成功のひとつ。
各メディアが注目して報道した結果であり、全国の人たちにほぼ広告費ゼロで地方のテーマパーク内のいちホテルを知らしめることができたということ。

唯一無二の記号化ができるとPR戦略もうまくいきやすいですよね。

ちなみにその後も盛況を博し、関東県内でも羽田、赤坂、銀座など次々にオープン、現在国内外で100ホテルを目指しているそう。引っかかりしかないこのホテルを、体験してみてもいいかもしれませんね。



■ 成功実例[3]島根県海士町「ないものはない」


日本海隠岐諸島にある、島根県海士町(あまちょう)。地域ブランディングで注目される地域です。

人口減少が加速している島根県。2014年の調査では人口が70万人を割り、全国都道府県の人口ランキングでは46位に位置しています。

80ほどある隠岐諸島の島々では、さらに人口減少、過疎化、財政難などの深刻な状況が続いていました。その隠岐諸島の中のひとつが海士町です。

2002年の借金総額は105億円で破綻寸前だった海士町は、地域ブランディングでV時回復を遂げることができました。
現在は、Iターン定着率48%、廃校寸前だった島前3地域唯一の高校である隠岐島前高等学校の受験倍率も2.4倍になったといいます。


日本の地方で、無数に起こっていると思われる人口減少と財政難。ここから、脱却できたのは何がポイントだったのでしょう。

 

[3]-1 逆手にとった発想の逆転スローガン


記号となる地域の資産を見つけ(またはつくり)、皆の心に届く形で発信すること。
地域ブランディングでは、まず「記号化」を考えることとお伝えしました。
例えば地域ブランディングでは、クラシカルな手法では「夕張メロン」「仙台牛タン」のように一つの特産をブランド化するのが恒例でした。
特産でなくても何かひとつのアイデンティティを見つけ、それをブランド化していく方法も主流です。

でも、ひとつに絞れない、もしくはないといった場合何を全国に訴えていけばいいのか困ってしまいますね。
そういうときは大抵、いろんな意味を含んだぼんやりスローガンやキャッチフレーズとともにまたもやぼんやりとしたPRが展開されて、結果人の記憶に残らないという結果に陥りがちです。


この海士町では地域の宝を見つけるべく棚卸しをした結果、「ないものはない」というこの宣言をするに至りました。
この「ないものはない」というのは、「必要のないものはなくてもよい」という意味と「すべてはここにある」という二重の意味を表しています。


離島である海士町は、都会のようにモノもなく便利でもありません。でも、四方を海に囲まれた自然環境があり、岩牡蠣やさざえが採れるなど海産資源が豊富です。そして、人とのつながり大切にしていてコミュニケーションが心地よくとても豊かでした。

都会に住む人間からしたら、忙しい日常からエスケープしてしまいたくなるようなホッと和む場所ですね。古き良き時代にあった、自然に囲まれた心の故郷のよう。 でも、このような場所はきっと日本には複数地域存在していると思います。その中において、なぜ海士町が地域ブランディングに成功できたのか、少し疑問に思えてきませんか?


だから、このスローガンが素晴らしかったのです。
「ないものはない」。
まず、これを見たら「どういうこと??」と、一瞬人をひき止める力があります。



本当に「なにもない」場所なのかもしれない。でもそれはそれで楽しそうだ。
「ないものは、なにもない」すべてが揃った場所なのかもしれない。それはそれですごいな。
いろいろ考えが巡って興味が出てきます。


特に雑多な都会の中で毎日をせわしなく働く人々にとって「ない」ことは魅力です。実際、ストレスの原因になっているのは、豊富なモノや情報だったり複雑な人間関係だったりします。
だから、都会の人は潜在的に「ない」ことを求めているのです。
禅のように、何もないところでクリアになりたいなと。


でも、都会の人間が求める「ない」というのは、本当に「ただの一つも何もない」ことではなく、「不要なものは何もない」のんびりと自然豊かな場所のことなのです。 だから「ないものはない」という言葉が都会の人間には刺さってきます。


そして「ないものはない」というスローガンの後に、「島根県 隠岐國 海士町」というワードを見たり、海士町の風景が見えてきたりした途端に、人々の中で「自然に囲まれた、古き良き時代の心の故郷」が脳内に見えてきます。

海岸線に沿って自転車を走らせる爽快感や、山道を下りながら海を見渡す清々しい気分や、道端で出会ったご近所さんとの何気ない小さな会話で生まれる温かい気持ち。
そんな豊かな時間を思い起こして、「そういえば、そういうとこ行きたいなぁ。」と思わせてくれます。

都会の人間の日常の煩わしさから引き剥がし、一気に日本人の心の故郷の風景を思い起こさせてくれるスローガンだったのです


たとえば「豊かな国へようこそ。 海士町」とか、「のんびり島時間 海士町」といったスローガンだったらどうだったでしょうか。
よくある陳腐なフレーズで、するりと受け流されてしまいますね。


島の持つゆるりとした穏やかなイメージからは真逆な、「ないものはない」という少し尖ったメッセージだったから、まず人は立ち止まったのだと思います。でも、ただ引っかかりのある言葉を使えばいいというわけではありません。

その言葉の中に、都会の人間が実は欲しているものが含まれていたり、海士町の魅力が詰まっていたりしたからから成り立ったのです。需要と供給のバランスもよかったのですね。

「ないものはない」という宣言で、日本の心の原風景のようなふるさとを代表してしまい、そういうとこに行きたいなら「海士町」という構図をつくってしまったのです。なんでもないようなフレーズですが、そのくらい束ねる力があったのです。



実際に、海士町では「島旅」と称する観光産業を興したり「隠岐牛」などの名産品などを多数プロデュースしたりして、産業復興、移住促進、高校の魅力化プロジェクトを推進しています。
特産品の岩牡蠣「春香」や「干しナマコ」を中国へ輸出する企業など約10年で10社以上が起業。

さらに過疎化に悩まされていた町に、約400名以上もの移住者が集まり、入学者が減り続けていた島唯一の高校に島外からの留学希望者が殺到、学校見学会では毎年200名の親子が訪れるようになりました。

[3]-2 地域ぐるみの総合振興計画


海士町の地域ブランディングが成功したのは、スローガンの力だけではありません。その成功の大きなポイントは、計画を立てるところからその実施までを住民参加型で行ったこと。

今後10年間に実施する各計画をまとめる総合振興計画、通常はシンクタンクに依頼することも多いところ、海士町では住民が議論から参加。
「ひとチーム」「産業チーム」「暮らしチーム」「環境チーム」と4つのチームに分かれて住民が議論するところから始めて、結果住民による24の具体案が提案されました。
それを行政の施策に組み替え、それぞれの施策を動かすために「産業課」や「生活環境課」など6つの担当課もつくりました。

計画だけに終わらず、住民一人ひとりが主体的にまちづくりに関わるために、住民提案のプロジェクトをまとめた「第四次海士町総合振興計画(別冊)海士町をつくる24の提案」という冊子をつくり、意識を共有、行動を喚起しつづける指針にしました。



小難しい書面ではなかなか読まれませんし、理解もしにくいですが、この冊子の素晴らしいところは、ただの書類に止まらず、絵本のようにわかりやすかったことです。 この冊子は平易な言葉で書かれていることはもちろん、提案者の住民に似せたイラストが使われたり、1人でもできることから10人、100人、1000人の力でできることなど分けて書かれたり、とことん読まれる&使われる冊子にしているのです。


これらの住民と一緒につくる地域ブランディングの手法は、地域の未来をつくるコミュニティデザインの好例として今各自治体から注目されています。



この海士町の地域ブランディングの成功の秘訣は、「ないものはない」というキーワード選出。そして、そのキーワードも町ぐるみで考え、地域ブランディング全体に対して町民を巻き込んで計画書をつくったこと。
ブランドを引っ張っていく記号となるキーワードがキャッチーで秀逸だったのはもちろん、インナーブランディングもうまくいったということです。

ブランディングでは、外に向けての発信ばかりに注力しがちですが、大切な鍵となるのが内部の人間。
この内部の人たちの意志の統合が履かれていなかったり、モチベーションが下がってしまったりすると、どんなにいい計画を立ててもブランディングは失速していきます。
特にブランディングの知識や経験のない地元住民を擁する地域ブランディングにおいては、「インナーブランディング」こそが最重要課題といえるかもしれません。

海士町は、このインナーブランディングがうまく進み、住民一人ひとりが主体的に取り組めた結果の成功といえるのではないでしょうか。

 

■ まとめ

今回は、くまモン、変なホテル、海士町と、成功している地域ブランディングの事例を取り上げました。いかがでしたか?

成功の第一歩のためには、ブランディングしたいその地域に「記号化」できている何かが一つがあること。
熊本県なら「くまモン」ですし、長崎ハウステンボスなら「変なホテル」、島根県海士町なら「ないものはない」というフレーズが記号になりました。

地域の素晴らしい資産(扉)を開くために、どんな取っ手(記号化)をつけたらいいのか。さあ、考えてみませんか。